kunbeのあれこれ雑記帳

日々の暮らしの中で感じたこと思ったことを、わかりやすく、おもしろく、それなりに伝えようと思います。

イカ釣りの恐怖

 

今から10年以上も前のお話です。

 

そう、ちょうど5月の中旬でした。

翌日に休暇を取得したあたしは定時に仕事を上がり、

日本海側の神恵内(かもえない)村に向かって車を走らせました。

大好きな海釣りに行くためです。

前日までの大雨がウソのように晴れています。

日中の陽射しですっかり乾いた道路を、夕陽に向かって爆走しました。

 

目的の釣り場は、海のすぐそばの大きな橋の横の狭い空き地が駐車スペースで、

先客が1台止めていると、もう入れないという穴場的なところです。

幸い?なことに 交通ルールを大幅に無視できたおかげで、

夜の8時前には無事到着できました。

駐車場は空っぽ。薄明かり越しに見る釣り場には、誰もいないようでした。

急いで釣り用の防寒服上下を着込み、釣り道具を入れたリュックを背負い、

左肩には竿を入れたバッグをかけ、右手にはクーラーボックスを持って、

帽子に装着したキャップライトの明かりを頼りに、釣り場に向かいました。

橋の下へ向かう急な斜面を注意深く降り、岩場を歩くこと30分。

はぁはぁ息が上がり、すっかり汗だくです。

 

幸いなことに波も風もなく、海は穏やかでした。

 

同僚が急用で来られなくなり、あたし一人の釣行。

夜釣りでヤリイカ、明けてマガレイ、ホッケなどが狙えます。

しかもよく釣れるので、あたしの勤務先の釣りバカにとっては、

天国のような釣り場でした。

釣り座は定員3名。決して広くはありません。

ただ、平日のど真ん中には釣り人が少ない場所でした。

しけに弱いのか、すぐ近くの岩場が大丈夫でも、ここは波が乗っていることもあり、

行ってみないと分からないというのが唯一の難点でした。

 

さて、まずはイカ釣り。

これはテーラーという、端にトゲトゲの針がついたプラスチックの台に

小魚などを柔らかい針金で巻き付け固定するタイプの、浮き釣り仕掛けでやります。

基本、手で竿を持って釣りますから、軽めで柔らかい磯竿を使います。

イカは海藻に産卵するために岸寄りするそうです。

20メートルほど沖にある大きな岩と大きな岩の間の

イカがいそうなところにドッボーン。

仕掛け投入です。

この岩場は海藻が多く足下から深いので、とくに魚影が濃いのかもしれません。

電池で光る浮きが点滅しながら静かに揺れています。

するとすぐに浮きがパタっと横になったり、また立ったりを繰り返しました。

ヤリイカ特有のアタリです。

ヤリイカはマイカほど力がないのか、

浮きが沈むより、倒れたり、波に逆らってゆっくり動くことの方が多いのです。

海中で、テーラー仕掛けに抱きついてエサを食べながら泳いでいるヤリイカちゃん。

そんな姿を想像してしまいます。この浮きの動きが面白いんです。

 

きたきたぁっ!

 

緊張が走ります。あわてて引っこ抜いてしまうとイカが乗ってきませんので、

ゆっくりとイカの重さを感じながら一定のペースでリールを巻きます。

足下近くまで巻き上げたら、竿の腰を使って円を描くように抜き上げます。

ピュッピュッと海水やスミを吐きながら、ヤリイカちゃんが上がってきます。

スミを吐かせないやり方もあるそうですが、あたしは知りません。

 

釣れたらすぐにエサを確認。

 

イカのくちばしは強力なので、すぐにエサが食いちぎられてしまいます。

急いでエサを取り替え、再びドッボーン。

するとまたアタリ。入れ食いです。

夢中になって釣り続けました。

とうとうエサがなくなりイカ釣りは終了。

数えるとマイカ混じりで、52ハイの釣果です。

釣り始めて約2時間。

休みなく立ったり座ったりしていたため、太ももと腰が痛くなっていました。

釣っていたときは気づきませんでした。夢中だったのね。

 

ひと休みしたらソイ釣りをしよう。

 

そう思いながらタバコに火をつけ、見上げた空には満天の星。

天の川がとても美しく流れています。

水平線近くには漁り火も見えていました。

こんな気分は久しぶりです。

星空に吸い込まれていくタバコの煙を見つめながら、

 

釣りっていいなぁって、しみじみ思いました。

 

岸からでもスーパーで売っているのと同じサイズのイカが釣れるんです。

しかもめっちゃ新鮮。ヤリイカは刺身が絶品ですよね。

寄生虫アニサキスにさえ気をつければ、ショウガ醤油でいくらでも食べられます。

 

楽しいなぁ〜。来られなかった同僚の分まで釣れちゃったので超上機嫌です。

ふと降りてきた橋の斜面を見ると、キャップライトが一つ揺れています。

 

誰か釣り人が来たようです。

 

心が人一倍狭いあたしは、ちぇっと舌打ち。

せっかくの大漁場所を独り占めできなくなるのが悔しかったんです。

意地悪く投げ釣りの準備も始め、狭い釣り場を広く使っちゃいます。

ここで一番釣れると信じているポイントから竿を出し、

3方向に仕掛けを投入して、あの釣り人が入れる場所を狭くします。

さらに手竿のソイ釣りは、少し移動して〝あいつ〟が来る前に

少しでも多く釣り上げちゃおうと

キャップライトをチラチラ見ながら動き回ります。

めちゃめちゃ心が狭いでしょ。自分でもやんなっちゃう…。

 

でも釣人なんてみんなそんなものよ。

 

あたしだけ? かな…。

 

明かりは少しずつですが、着実に近づいてきます。

あと5分もすれば到着でしょう。

あ〜あ、大漁場所独占特別貸切も終了かぁ…。

ますます気分は暗くなります。

 

キャップライトはどんどん近づいてきました。

どんなヤツなんだろう。怖そうなヤツじゃなきゃいいな。

ばかでかくて腕力強そうなヤツじゃなきゃ、こっちから挨拶しようかな。

なんて考え始めていたんですが、

気がつくと光は、あたしから20メートルほど離れたところを横に移動しています。

 

? ? ? ?

 

なんか違和感。

キャップライトは、あたしがいるところから平行移動しているんです。

そっちは海じゃね? なにしてんだろう?

不思議に思って見ていると、キャップライトは海に向かってどんどん進みます。

 

落ちるよ落ちるよっ! 落ちるって!

 

あたしは声を上げていたかもしれません。

ドキドキドキドキ。

心臓が激しく高鳴ります。

すでにキャップライトは明らかに海の上を歩いています。

 

ナンダナンダナンダっ!

 

すぐには事態が飲み込めませんでした。

次の瞬間、パチッと光ってキャップライトは消えました。

 

げげげげげっ! ぎょえええええええ〜っ!

 落ちたよ、落ちたぁ! 落ちちまったぁっ!

 

震える足でキャップライトが進んだ近くまで行ってみました。

 

やはりそこに地面はありませんでした…。

 

 静かな海に静かな波が揺らいでいるだけ。

何事もなかったように静寂に包まれています。

 

なっなっ、なんだったんだっ。あたしはオロオロ。

念のため、キャップライトで海中を照らしてみたものの、

何も見えませんでした。

 

そういえば…。見えていたのは光だけ…。

岩場を歩く足音も聞こえていたのかどうか分からなくなりました。

あたしが勝手にキャップライトだと思い込んでいたのかもしれません。

見えた高さは明らかに人の身長の範囲だったと思います。

でも、体が見えていた記憶はありません。

星明かりがあるとはいえ夜ですから、視界は10メートルもなかったと思います。

 

ゆ、ゆうれい………?

 

そう考えた瞬間、体中から血の気が引きました。

あ、れ、は、ゆ、う、れ、い、い、い、い………?

 

いても立ってもいられず、釣り道具を片付け始めます。

 

こんなことなら投げ釣り道具なんて出さなきゃよかった。

後悔先に立たずです。

恐怖に手が震えてうまく道具がしまえません。

仕掛け入れをひっくり返すわ。オモリをぶちまけるわで、てんやわんや。

ようやく片付け終わり、急いで車に引き返します。

 

キャップライトは前しか照らしません。

聞こえるのは岩場を歩くあたしの足音だけ…のはず…。

でも、なにかが付いてきているような気がしてなりません。

 

後ろは真っ暗闇です。

 

追いかけられているような錯覚に見舞われ、

何度も振り向くので、何度もずっこけながら、必死で斜面を登りました。

おっかなくて生きた心地がしません。

来たときよりも大量の汗が体中から吹き出していました。

心臓が2、3個、口から飛び出たんじゃないかと思います。

転んだ弾みで右手には大きな切り傷ができていました。

 

それでもどうにか橋にたどり着きました。

 

案の定、駐車スペースにあたし以外の車はありません。

急いで防寒服を脱ぎ、エンジンをかけて脱出です。

フロントガラスにガバっと人の顔が出てくるんじゃないかとか、

バックミラーに恐ろしい形相が映るんじゃないかとか、

ホラー映画さながらの想像がふくらみます。

 

しばらく車を走らせて、ようやく落ち着きを取り戻しました。

タバコを吸うことも忘れていました。

とにかく遠くまで逃げたかったんです。

 

あたしが殺したわけでもないのに…。

 

もう大丈夫だろうと海から大分離れたところで車を停め、

自販機でコーヒーを買いました。

でっかい音で音楽をかけ口ずさんでも、どうしても考えてしまいます。

 

あれはなんだったんだろう?

 

やはり幽霊だったんだと思います。

あの釣り場で命を落とした釣人が現れたのではないでしょうか。

 

そうとしか思えませんでした。

 

なんのために?

一人で夜釣りは危険だよと知らせるためでしょうか?

それともあたしの大漁をうらやんで、

いっちょう脅かしてやれって、出てきたんでしょうか?

 

そういえば大漁だったな。ふふふ。

そのとき気がつきました。

 

クーラーボックス忘れた!

 

トホホホホ………。

戻る勇気も根性も気力も、あたしにはありませんでした。

 

ゆうれいのバカやろうっ!

 

何度も何度も頭の中で繰り返し叫びながら、むなしく帰宅したのでした。

………………………………。

 

それ以来、一人で夜釣りができない体になってしまいましたとさ!

めでたしめでたし。

クスン…。

 

余談です。

数年後、その釣り場は台風の影響で橋が落ちて消滅しました。

新しくできた橋は海から離れていて、

あまりにも釣り場から遠くなり過ぎました。

あたしたちが立っていた岩場も、

橋の残骸の下に埋もれてしまったといわれています。

 

あたしは、これも幽霊の仕業じゃないかって思っています。

危険な場所だから入れないようにしちゃおうって。

 

そんなことないかな?

 

いずれにしても、台風で落ちてしまうような橋のたもとで釣りをしていたんです。

今にして思えば幽霊より怖いかも。

 

無事でよかった。生きててよかった。ホントそう思います。

 

 

古い話ですが、あたしがあそこに忘れた

イカがいっぱい入ったクーラーボックス、

拾った方はご一報ください。

 

おしまい。