kunbeのあれこれ雑記帳

読んでくれた人がクスッと笑えるような事柄を、時には事実に基づき、時にはウソ八百を書き綴ります。

おもしろくなくても書いちゃうんだよ〜ん!

   新年 明けましておめでとうございます。

      本年も よろしくお願いいたします。

 

というわけで、本日から社畜として業務にいそしんでいるあたしです。

でも、やる気はゼロ。ヘタすりゃマイナス。早く帰りたい…。

 

仕事始めの感想は「あ〜あ、始まっちまったかぁ…」しかありません。

 

なんとかして遊んで暮らす方法を見つけ出したい!

仕事始めの日ほど、強く思う日はありませんです。

 今年は1月1日が日曜日という不幸なカレンダーです。

誰か1月4日が日曜日のカレンダー持ってない?

 

たかだか4日休んだくらいで、リフレッシュできるかっつーの!

最低でもひと月はほしいわ。正月休み。

1月が完全休日だったら…。かなりうれしいよね。

でも人間なんて贅沢だから、どうせなら夏の方がありがたいわなんて…ね。

 

「我が社は7月中旬から8月中旬まで完全休業とする」って

社長さん言ってくれないかなぁ…。

 

これが夢であってくれたら。

仕事始めになると、そんなことを本気で願っちゃたりして…。

そう思うでしょ。でしょっ。でしょ

ったく、やってらんないわよ。

 

そう思っているのは、あたしだけではありません。

日本人は、はるか昔からそう願っていたんです。

ちょっとイヤなことがあると夢であってくれって。

 

 世の中は 夢かうつつか 

  うつつとも 夢とも知らず ありてなければ

 

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古今和歌集古今集)」の雑歌(ぞうか)=くさぐさ(種々)の歌の意味=にあるもので、

ヨミビトシラズ」って人の作。ヨミビトシラズなんて変わった名前だね。

帰化人? 日本人? ネアンデルタール人? んなわけないやね。

どこが名字でどこからが名前? 

ヨミビ トシラズ?さん。

えっ、人の名前じゃない?

 

にゃはは。知ってた知ってた。

 

読んでくださっている方がたいくつしないように

軽〜くボケをかましとこって思ってさ。

ケッ、つまらんブログだ! なんて、すぐに飽きられちゃうから。

少しでも喜んでいただけるように、無理矢理ボケちゃいました。

細やかな心配りってやつなのよ。

その割には、ヘタクソだけど。

 

ごめんね……。

 

意味は「世の中ってホントにあるの? 夢なんじゃないの? あるようでない、

    ないようである、そんなものなんでしょうね」

                         ざっと、こんな感じかな。

 

当時の仏教的な無常観を七五調にしただけだって、和歌としての評価は低いんです。

だから、ヨミビトシラズさんも本名を名乗るのが、はばかられたんでしょうね。

仕事したくねぇって和歌ですから。

ははは。違うわ。

でも、評価が低い割に知られているのは、

やはり多くの方が共感できるからじゃないかな。

 

古今集は西暦900年代初期の歌集です。

西暦900年代は日本では平安時代まっ盛り。

この頃の日本人の中にも、人生に迷いを感じていた人がいたんです。

おそらくこの方は宮中(きゅうちゅう)勤め。たぶん位(くらい)は低い方。

今でいうところの木っ端役人です。

平安時代といえば貴族社会ですから、 

木っ端役人は貴族の言いなり。命令には絶対服従。

あれ? これじゃ現代のサラリーマンだわ。

ただ、今と大きく違うのは、命令にそむいたら即刻死刑なんて時代だったんでしょう。

違うかな? えっ? 島流しもあった? それじゃあたしと同じだわ。

ヨミビトシラズさん、ご心中お察しいたします。

 

いずれにしても、今より相当理不尽な世の中で生きていたと思われます。

思いましょう。ね。

 

当時はもちろん電気もガスも水道もなく、インフラ整備はたぶんゼロ。

電話どころかケータイもスマホもインターネットもない時代です。

現代と比べると超超超不便。

あたしはとても生きていけません。現代だってかなり不自由を感じてるのに。 

 

さて、和歌としての評価が低いこの歌ですが、

あたしはこの和歌に哲学者デカルトに通じるものを感じます。

 

Cogito ergo sum(コギト・エルゴ・スム)

「われ思う、ゆえにわれあり」って有名な言葉。

 

否定できない自分の存在。夢か現在(うつつ)かと詠んだ作者は

そう考えている自分の存在を、歌の中に入れちゃえばよかったんです。

世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らず〝と思う我あり〟

なんて結びをちょっと変えて発表していたら

おおっ!デカルトより600年も前に存在の本質を見抜いた和歌が日本にあった!

なんてヨミビトシラズさんの評価もめっちゃ上がったのにね。

残念でしたね。ヨミビトシラズさん。

 

そんなわけで〝無常観〟というより〝形而上学的〟な和歌だと思っています。

 

考えている自分という実体の存在は絶対に否定できないという真理。

デカルトさんが言うには、これが「哲学の第一の原理」なんだそうです。

 

まぁ「デカルト」よりも

お手軽な「レトルト」や

超常現象などの「オカルト」が好きなあたしの解釈ですから、

まったくあてにはならないんですけど…。

 

人は思いもよらない災いや不幸に見舞われたときに、

運命を呪い、他人をうらやみ、自身を嘆き、途方に暮れてしまうものです。

この出来事は現実なのか夢なのか、できれば夢であってほしい……。

そう心底願うものですよね。

 

あたしも災害以外では数えきれないほど経験しています。

先日も、買い物帰りにサイフを落として大あわてでした。

あたし、何度もサイフ落としてるんですけど、

どうしてもズボンの尻のポケットに入れて歩く癖が抜けないんです。

カミさんは「首からぶら下げて歩け!」って怒って言いますが…。

そんなカッコの悪いことできませんでしょ。

だからといって、最近の若いもんみたいに、

ベルト周辺にジャラジャラなんでもかんでもぶら下げて歩くのもみっともなく思えて。

ねぇ…。

仕事着がスーツだった頃は上着の胸ポケットにしまえたので、

落とすことはなかったんです。

ジャケットを羽織っているときならまだしも、

冬の間はもっぱらセーターのお世話になっているんで、

ズボンの尻ポケットがサイフの居場所になります。

そして「落とす」。

負の連鎖です。

いい方法ないかな…。

 

でもね、落とすのがサイフならまだ可愛いもんです。

命を落とすなんてことになったら、たまりません。

最近は、天変地異が日本国中を跋扈(ばっこ)しています。

昨年の熊本大震災も北海道の台風上陸も、多くの方の生活が一変してしまいました。

その悲しみは、想像を遥かに超えているのだろうと推察しています。

未経験の心労が重なって疲れ果てて迎えたお正月だったのではないでしょうか。

 

そんな方のために、少しでも心が軽くなるような言葉をいくつか紹介します。

 

 『束縛があるからこそ、私は飛べるのだ。

 悲しみがあるからこそ、私は高く舞い上がれるのだ。

 逆境があるからこそ、私は走れるのだ。

 涙があるからこそ、私は前に進めるのだ』

■インド独立の父・マハトマ・ガンジーさんの言葉です。

非暴力不服従を世界的に知らしめ実践された方で、

凶弾に倒れたときも〝あなたを許す〟と

自らの額に手を当て息を引き取った偉大な方。

あたしなんかと違って言葉にもぐっと重みがあります。

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『雲の上はいつも晴れ』

■日本のことわざなのかな。

一般的な慣用句かと思っていたら名言・格言・ことわざに昇格してたんですね。

生きていればいいことも悪いこともある。

だから明日を信じて生きていこうという前向きな意味です。

似たことわざに雨降って地固まるというのもあります。

あたしの友人は「雨降ってキレ痔痛む」と、うめいてましたが…。

 

『涙とともにパンを食べた経験のないものに、

            人生の味はわからない』

■「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」第2巻第13章(ゲーテ

ゲーテさんの本は1冊も最後まで読んだことはありません。

そんなあたしでも、死の間際に言ったという「もっと光を」と

この言葉だけは知っていました。

一説によると原文には人生の味という表現はないそうです。

英訳されたときに翻訳者がそう〝意訳〟したらしいとのこと。

意訳もこれはいい訳だね。

さまざまな解釈があるみたいですが、

あたしは本当に苦しい思いをした人だけが、

本当の喜びがわかるって意味だと思っています。

 

だからあたしのような半端もんには、まだまだ人生の味はわかりません。

ミソ? シオ? ショーユ? えええ〜っ! トンコツ〜っ!

すんません、この程度の人間です。

 

『運は我々から富を奪うことはできても、

          勇気を奪うことはできない』

ローマ帝国の政治家・哲学者 ルキウス・アンナエウス・セネカ

「人間は社会的動物」という言葉を聞いたことある方は多いと思います。

その言葉の生みの親がセネカさんです。

当然、読んでいませんが「メディア」などの悲劇作家としても有名なんですと。

ローマ皇帝の暴君で知られる「ネロ」の家庭教師として即位後しばらく補佐しました。

やがて暴政が始まると引退しましたが、皇帝暗殺の陰謀を疑われて

自殺に追い込まれたかわいそうな人でもあります。

悲劇作家の波乱の生涯を考えると、運から見放されても勇気は捨てないという

強い気持ちが感じ取れます。

 

 最後にあたしの好きな俳句です。

 『今もよし 昔も恋し 老の春』(富安風生)

   (いまもよし むかしもこいし おいのはる)

 

「今も昔も苦しいことはあったが、今思えば、それはそれでよかったんだなぁ」

「ええ、過ぎてしまえば楽しい思い出ですねぇ」

「きっとこれからも人生は楽しいぞ」

「そうですねぇ」

「よしっ! 死ぬまで生きてやる!」

「そうですね 生きましょう生きましょう

 

長年連れ添った老夫婦が新年を迎えて

今までよく生きてきたものだと波乱の人生を振り返りながらも、

今があるのは昔のおかげとすべてを肯定し、

これからの生を泰然と受け止めた心境を詠んだものと勝手に解釈しています。

 

たぶん実際は違いますが…。

 

なんだか心が温かくなって、やる気にもさせる秀作です。

 

でも、今日の仕事のやる気は、思いっきりマイナス値なのね…。

ああああああああああああああ〜帰りてぇ〜っ!

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。

今年もよろしくお願いします。

では、また。

少しだけ仕事しよ!

 

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