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kunbeのあれこれ雑記帳

読んでくれた人がクスッと笑えるような事柄を、時には事実に基づき、時にはウソ八百を書き綴ります。

月日は百代の過客にして(1週間で3ヵ月?)

あっれぇっ! もう3月も終わりじゃん。

早いねぇ……。

ボケーッとカレンダーをながめていて気がつきました。

今年も残り少なくなってまいりましたね、みなさん!

忘れっぽい頭ですから少しばかり早いですが、来年のご挨拶でもしとこうかな。

皆様にとりまして来年も良い年になりますように。

新春来福家内安全富貴安楽長楽万年永寿嘉福南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……。

 

あたし、1月、2月の記憶なんか何も残ってないに等しいわ。

1月はたしか3が日には雑煮を食ったような…。

そうそう、ネットで頼んでた「おせち」もおいしかったわ!

ついでに思い出しちゃったから書いとくけど、

去年の12月23日に届いた「銀座コージーコーナー」の

クリスマスケーキも上出来でした。

ネット最高! バンザイバンザーイ!

あっ! 書いてて思い出した。2月には新車が来たんだわ!

初ドライブで吹雪かれて、新車は泥だらけ。散々なデビューだったのね。

新車が来る少し前の2月3日には恵方巻きを食べたんだけど、

カミさんったら気を利かして

食べやすいようにって一口サイズに切ってやがんの。

ただの太巻き…。

「意味ないべや」って笑って食べたことを思い出します。

 

んで3月は…?

そうそうプリンの避妊手術ね。

うんうん、痛々しかったね。

ホントに可哀想だったね。

でも、これで乳がんにならずにすむんだから、よかったんだよね。

うんうん…。

そう言えば、そんな痛々しいプリンを置き去りにして、

日ハムのオープン戦も観に行ったわ。

 ………。

 あとは空白…。

 

年を重ねると、日々の記憶なんてまったく曖昧です。

とにかく早い。それだけが実感。

大袈裟な物言いをすれば、まだ2、3回しか寝てないのに月日が変わっている気分。

 

竜宮城でどんちゃん騒ぎもしてないし、玉手箱のお土産ももらってない…。

乙姫様とイチャイチャもしてないし、タイやヒラメの舞踊りも見てないわ。

あっ、これはいいや、見なくても…。

とにかく何もいい思いをしてないのに、月日だけががどんどん過ぎている…。

浦島太郎のハズレくじバージョン?みたいな…。ちぇっ…。

 

このままだとあと2、3ヵ月で1年が終わっちまいそうな雲行きです。

 

やっべぇ、また年越しの準備だよ。おせち料理を手配しなきゃ。

ったく、あわただしい。(けっこう本気でうろたえちゃったりして)

 

この3ヵ月、無理矢理思い出しても、せいぜい7日分くらいの記憶しかありません。

2016年が明けて気分的にはまだ一週間足らずなのに

現実世界では3ヵ月も過ぎちまってる……。

なんだかSF小説の主人公にでもなった気分です。

 

「わし、まだ一週間しか過ごしてないのに、もう三ヵ月も立つんか」

「何言ってるんですか義父(おとう)さん」

「飯はまだか!」

「さっき食べたばかりですよ。義父さん」

「なに! わしはまだ食っとらん!」

「んもう、義父さんたら…」

「なら、お前を食っちゃる!ゲヘヘ!」

「あっ、いや、だめぇ〜」

 

すっかり痴ほうじじいですわ………。

 

年を取ると月日の流れが早くなるとはよくいわれるところですね。

 

これは「さよなら」じゃなかった「バイバイ」でもないわ。

えーっと、なんだったっけ?

ほら、お別れするときによく言う言葉があるでしょ。

えっ? 「したっけ」? それは北海道弁

そうじゃなくて、さよならじゃなくてバイバイでもない言葉があるでしょ!

えーっと、ああ、そうそうそれそれ。「じゃあね」。

 

そうよジャネーの法則だわ。

 

ごめんね。回りくどくて…。

 

ポール・ジャネーさんはフランスの哲学者。

この方が提唱して、

甥の心理学者のピエール・ジャネーさんが

著書で紹介したことから広まったといわれています。

 

この法則は、

簡単にいえば生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する。

ってこと。

…。

この説明が簡単じゃないわ。何よ逆数って。

ナニナニ、その数に掛け合わせると1になる数のことだとぉ!

だったら最初からそう言えっ!

意地悪く小難しい言い方しあがって!

はったおすぞっ!

………。

誰に怒ってるんでしょう…。

年を取るとこれだからいけません。

丸くなったところもありますが、突然ブチ切れることもしばしばです。

ごめんちゃいなのチャイナタウンと。(ムシしてください)

 

さて、ジャネーの法則ですが、

主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、

年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明したもの。

ということらしいです。

つまり1年365日を年齢で割るとその年齢における1年の日数がわかるということ。

早い話が、1歳で感じる1年は365日ですが、

50歳で感じる1年=はその50分の1になっちまいます。

1年(365日)÷50(歳)=7.3(日)。

50歳では1年が7.3日に感じてしまう。

ホントォ〜?

そこまで短くないぞ! あたしゃもっと長く感じてるわい!

7.3日は3ヵ月分だわ。バカにすんな!

プンプンプンプンのプン!

 

目クソ鼻クソです…。

 

どうやらこれは記憶との関係に基づいた理論のようです。

子どもの頃はすべてが新鮮で、

驚いたり感動したりすることが多い分、記憶もたくさん残る。

大人になるにつれて感動は薄くなり

それに伴い記憶される事柄も減少する。

記憶に残っていないから、過ぎてしまえば早く思える。

例えば昨日は、会社行って家帰って飯食ってフロ入って寝た。

これだけの記憶しかありません。しかもこれが日常のルーティンです。

だから、その日その日はそれなりに長いけれど、

過ぎてしまえば、もう1週間経つんだな、なんてことを感じるわけですね。

つまり結果として、月日の経つのが早く感じることになるんだとか。

 

それじゃ、いっぱい感動して思い出に残るような毎日を過ごせば

1年は長く感じるようになるの?

ネコヤナギが芽吹いた。

フキノトウが顔を出した。

ストーブをつける時間が短くなった。

コートを羽織らなくても寒くなくなった。

とか………。

誰かやってみて。あたしはめんどいわ………

 

そう、メンドクサイんですね。いちいち周りのことを記憶するなんて。

春なんだから、草木も芽吹くしストーブもたかなくなって当たり前。

そう思ってやり過ごしちゃう。この感覚が月日を短くする最大要因。

 

そったらこと、いちいちかまってられっか!

 

って、50歳を過ぎるまでもなく、かなり前からそうでしたね、あたし。

それでいて、刺激がほしい刺激がほしいと思いながら日々を送っているなんて。

なんか情けない…。

 

幼かった頃の春先、

家の前の砂利道で、水たまりを道端のドブに流す水路を

いろいろ迂回させて日がな一日遊んで、

手も足も顔も泥だらけにして母親に怒られて…。

それでも次の日も次の日も、近所の子供たちとチビッコ土木業者になって、

鼻水を垂らしながら、ああでもないこうでもないと水路を造っては壊し、

石ころでダムを造り水路を決壊させて、

今度はこっちに流すべなんて笑いながら、

ふと道路脇を見ると雑草が少しづつ緑色を濃くしていく様(さま)に、

ああ春になったら草も元気になるんだなぁ、

なんて感じた時代が懐かしいですわ。

 

いつからこったら大人になったんだろう……。

 

ジャネーの法則は、あくまでも過ぎた時間に対してのものです。

これからの時間ではありません。

これからは積極的に新たな経験を積み、

残された人生を思い出でいっぱいのものにしなけりゃいけませんよね。

ね、みなしゃんっ!

 

新年度を迎えるにあたり、決意を新たにするのであります。

 

新たな決意ついでに言っときます。

これまでは仕事中に更新することを前提に書いてきましたが、

明日からは家でもブログを更新します。

内容ももう少し濃いものを心がけることをお約束いたします。

できないかもしれないけど、やる気だけはあります。

誰も期待しないと思うけど、おっちゃん、がんばるからね。

では。ジャネー。

 

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