kunbeのあれこれ雑記帳

日々の暮らしの中で感じたこと思ったことを、わかりやすく、おもしろく、それなりに伝えようと思います。

サイフを落としたっていうお話

世間が春の陽気に浮かれていた5月某日、

夫婦仲良くほぼ1年ぶりにユニクロに出かけました。

この地域に1店舗しかないこともあって、店内はたいへんに混み合っていました。

 

「やっぱり高くなってるわねぇ」とカミさん。

「おっ、そうかい。俺も10センチくらい高くなったような気がしてたんだ」

「10センチ?」

「じゃ5センチか」

「バカ。その年で身長が伸びるわけないじゃない」

「うへぇっ、気のせいかい? 伸びたと思ったんだけどなぁ…」

「バカ…。伸びたんじゃなくて、上がった話」

「上がったぁ? なんだ天ぷらか? それともお前の××か?」

「バカっ! 服の値段よ!」

「あはは。ああ、服の値段ね」

「もう。ホントめんどくさ…。値上げで売り上げは下がった割に、すごい人ね」

「俺も音ぇ上げるぞ。とくに人混みは大嫌いだ。もう帰る」

「その音上げじゃないわよ。音じゃなくて値段の値。少しはガマンなさい」

「ガマンなんて、生まれるときにオフクロの腹ん中に忘れてき…」

うるさいっ!!

 

カミさんに叱られながら、しぶしぶ店内をうろつきます。

すれ違いざまに肩がぶつかるほどの混雑です。

カミさんがが言うように、商品は少し値上がりしているようでした。

 

あたしが買おうと思っていたズボンは一本税込み5000円程度が中心。

安いものでも税込3000円程度でした。やはり昨年よりお高くなっていました。

おいっ! ユニクロっ! ちょっと売れたからっていい気になりやがって。

お高く止まってんじゃねぇ! お前ら貧乏人の味方として食ってきたんだろうが!

それをなんだい、急に値上げなんかして。高級ブランドにでもなろうってぇのか!

庶民をなめるんじゃねぇっ! 100年早いわっ!

などと心の中でさんざんののしってますが、あたしの心の声が届くはずもなく、

お客さんは次々と訪れ、続々と商品を購入しています。

そういえば最近はズボンて言い方をしなくなりましたね。

みんな口をそろえて「パンツ」って言います。

どうも違和感があって、あたしは未だにズボンと言っております。

どうでもいい話ですが。

 

わっかい娘さんが

「見て見て! このパンツかわいい♡」

なんて黄色い声で言っているのを耳にしちゃうと、

ついつい下着姿を連想していけません。

時代遅れのヘンタイおやじです。

ジーパンは許容範囲ですが

「パンツ」はやっぱり下着であってほしいと思う今日この頃。

みなさんいかがお過ごしですかぁ? っと脱線寸前で軌道修正ね。

 

「これで売上が落ちてるのかぁ?」

「そんなふうに見えないわね」

「日本はお金持ちが多いんだなぁ…」

「お孫さんに買ってあげているっぽい人が多いようね」

「死んだばあちゃん出てきてくれぇ。安いのでいいから1本買っ」

「もう! だまって見なさいっ!」

「あはは。お盆にはまだ早いか」

 

人混みをかき分けかき分け、

どうにか好みにあったカミさんのジーンズ3着とあたしのジーパンとチノを選び、

裾上げも無事終了して仕上がりを待つことに。

なんせすごい人出でしたから、あたしは一刻も早く外へ出たかったんですが、

カミさんが上に着るものも買いたいと言いだす始末。

……。

ったく…。女ってのはどうしてこうなんでしょう。

混み合っていると闘志が沸くんですか?

なんせ買い物が好きな生き物のように思えてなりません。

わかったわかった。それじゃこうしよう。このお店丸ごと一軒買っちゃうってことで

 ご勘弁を

何度言ったかわかりゃしません。

おかげで、あたしはスパーマーケットを3軒、ショッピングモールを1軒

所有しています。

ぎゃはは。…。

すんましぇん。つかなくていいウソをついちゃいました。

 

それに比べると男ってのは、これがほしいと思ってから行きますから、

目的のものに一直線。

買ったが最後、ほかのものには目もくれずさっさと出てしまいます。

早いときなら入店から出店まで1分を切るなんてこともざらです。

本来はもう少しゆっくりしていってもいいんでしょうけど、

店員さんに「何かお探しですか?」なんてやられるともういけません。

「い、いえ、べ、べつに、#”%$&@∧?||*……」

あとの方はなにを言っているのか、自分でもわからないことを言って、

逃げるように出てしまいます。

 

どうしてなんでしょうね。お客サマなのに。

もっとイバッタっていいはずなのにね。

 

とくに高級感があるところがいけません。

入る前からド緊張。

店員さんに話しかけられでもしたら、心肺停止のおそれありってヤツです。

気が弱い生き物なのね。

ね、男性諸君!

……。

ええーっ!、あたしだけなのぉ!?……。

 

そんなこんなでカミさんの買い物も終わり、ようやくユニクロを後にしたんです。

ふぅぅぅっ、疲れた。

車に戻ってエンジンをかけたときに気がつきました。

 

 「あれっ? ないよ。ないない」

「なしたの(方言=どうしたの)?」

「いや、あれがないんだ」

「アレってなによ」

「あれはあれだろ…。だから…。あの、あれだ」

「なんなのよ。わかるように言ってよ」

「だからさ、ほら、こう、いろいろと入れるじゃねえか」

「ふくろ?」

「ふくろじゃなくてさ、こう、入れるもんがあんだろ」

「ふろしき?」

「それは包むものでしょ。だいたい、今どきふろしきなんて使うかよ」

「じゃあ、ポスト」

「な、なんでポストなんだよ。ポストがないないって言うヤツいるかい?」

「だって入れるものだって言うから…。じゃあ…、カバン?」

「ううっ、近いよ近い。けど、もっとちっこいもんだ」

「もしかしてサイフ?」

「ちが… ってない…。そうそうそれそれ。サイフだサイフ」

「ええ〜っ! 落としたのっ?」

「えへへ。そうみたい」

「バカ! そうみたいじゃないでしょ! へらへら笑って!」

「うへぇ、どうしよう」

「どうしようって言ってる場合じゃないわよ。急いで探してらっしゃい!」

「どこを?」

「今日はユニクロにしかきてないんだから、絶対お店の中で落としたのよ」

 

何度言ってもズボンのお尻のポケットに入れて歩くから、すぐ失くすのよ!

今度から首にかけて歩きなさい!

 

カミさんは怒り心頭。

失くしたのはあたしのサイフなのにさ。

あまりの剣幕にうろたえながらも、あたしの頭の中はある和歌が響いていました。

 

世の中は 夢かうつつか

     うつつとも 夢とも知らず ありてなければ

 

古今和歌集の雑歌にあるこの世の無情を詠んだ歌として有名です。

〝世の中って夢なのか現実なのかホントのところどっちなんでしょうね。

「ある」ようで「ない」、「ない」ようで「ある」、そんなものなのですから〟

って意味でしょうか。

この作者(詠み人知らず)さんも、きっと夢であってほしいと思うことがあって

この和歌を詠んだんでしょうね。そうに決まってます。

現実が楽しくて仕方がないときにこんな歌を詠めるはずありません。

ひょっとしたら、この詠み人知らずさんも、900年ほど前にサイフを落として

ガッカリしたのかもしれません。

きっとそうよ。そうに決まってるわ。

 

で、あたしも、ああどうか夢であってほしい。

本気でそう思いました。

冷たいカミさんは、すっかりご機嫌斜め75度。

頭からツノと湯気を同時に出してにらみつけます。

仕方がないのであたし一人が再び激混みのユニクロ店内へ。

どうせ探したところで見つかりっこありません。

あたしの数多い経験からして、仮に見つかってもサイフだけ。

中味はきれいになくなっていることの方が多いんです。

今日は珍しく現金も1万数千円入っていたままだったなぁ…。

カード停止の連絡がめんどくさいなぁ…。

などと考えながら、あきらめ半分でしばらくうろうろとうろつきましたが、

いつまでさまよっていても仕方がありません。

覚悟を決めて会計レジ担当の店員さんに声をかけました。

「あのぉすみません。サイフの落とし物あったりしませんでしょうか?」

「どのようなお財布ですか」

「ええ〜と、これこれこのような」

「失礼ですがお名前を」

「Kunbeと申します」

「少々お待ちください」

そう言い残して店員さんはどこかへ消えました。

ずいぶんと待たされたようにも思います。

まさか、いまさら一生懸命探してくれているんだろうか。

そんなことを考え始めたとき、店員さんが戻ってきました。

その手の中には懐かしいあたしの長サイフ。

「お店の中に落ちてましたよってお客様が届けてくれていました。中はどうですか?」

「ありますありますお金もカードもそのまんまに」

「そうですか。よかったですね」

さわやかな笑顔で言う店員さん。抱きしめたくなりました。

 

ああ、日本人でよかった。この国に生まれてよかった。

 

ホントにそう思いました。

先ほどまでの無常観などどこへやら。あたしはすっかり有頂天です。

詠み人知らずさん、世の中、捨てたもんじゃないですよ。

拾って届けてくれる神がちゃんといるんですから。

そう思いながら車に戻ってカミさんに報告しました。

 

「喜ばんでいいっ!」

 

怒りは収まっていないようです。

詠み人知らずさん、世の中、いいことばかりじゃありませんね。

地獄のエンマ様も、ちゃんといらっしゃいました。

 

 

あたしの目の前に。